本能寺の変以前の織田信長の行動
本能寺の変で織田信長が死んだのは、1582年6月21日(天正10年6月2日)の未明でした。
亡くなるわずか3カ月前、信長は、長男・信忠が滅ぼした武田家を差配するために、安土城から諏訪大社にほど近い法華寺に移動しています。
法華寺に陣を構えたのが、天正10年3月19日(1582年4月4日)のこと。
この日を九星盤でみると、1582年は四緑木星中宮年、4月は六白金星中宮月、4日は一白水星中宮日となります。
織田信長は、
本命星:七赤金星
月命星:四緑木星
傾斜宮:八白土星
ですから、1582年は変化変動の鬼門に七赤金星がありました。
そして、4月は七赤金星が五黄土星の反対側にある暗剣殺です。
この当時の移動は、馬か徒歩なので、安土城から上諏訪の法華寺までは数日はかかったものと考えられますから、年盤が重要になってきます。
安土城からみて、法華寺の方位は北東(寅)です。
年盤では、北東には七赤金星がありますから、本命殺となり、大凶の方位でした。
信忠が焼き払った諏訪大社
信長が上諏訪入りする少し前の天正10年3月3日、織田信忠は、武田家が信仰している諏訪大社(上社・本宮)を焼き討ちし、すべてを灰にしています。
信忠は、1557年生まれ(弘治3年)の二黒土星です。
この日の年盤では、二黒土星は東にあり、運気上昇の兆しが見えます。
月盤では南(前厄)にありますが、南はさまざまなことで陽の目をみるというときです。
日盤では、二黒土星は北西に位置し、実をつけるときでした。
そんな信忠は、武田氏の滅亡直前に諏訪大社を焼き討ちしたのでした。
武田家滅亡後、大凶方位へと移動する信長
武田家滅亡ののち、信長一行は、徳川家康の三河に立ち寄り、手厚いもてなしを受け、天正10年4月21日(1582年5月12日)に安土城に戻っています。
信長の移動は、上諏訪から三河(南西、未)、三河から安土(北西、戌)に、物見遊山の旅でした。
年盤でみると、上諏訪から三河への移動は南西ですから、一白水星の方位に移動したことがわかります。
この方位は、七赤金星の反対側にあり、本命的殺という大凶の方位です。
さらに三河から安土への移動は北西ですから、五黄土星の方位に動いたことがわかります。
五黄土星は五黄殺であり、これまた大凶の方位です。
しかしながら、この日の日盤では七赤金星が南にありますので、信長が得意満面であったことがうかがえます。
朝廷からの提案を袖にする信長
天正10年5月4日(1582年5月25日)、信長は安土城で勅使の訪問を受け、太政大臣・関白・征夷大将軍のいずれかに任じたいとの打診を受けます。
この日の日盤は、七赤金星中宮日で、信長に有利な日でした。
無冠の信長に対して、恐れを感じていた朝廷からの申し入れもあっさりと断り、勅使をすぐに京都へ帰らせています。
5月中旬には徳川家康と穴山信君が安土にやってきて、安土城内で饗応のための催しが執り行われました(5月15日~20日)。
5月21日には、家康と穴山は上洛。
同じく信忠も、数百の馬廻を連れて、一緒に京都入りしています。
本命的殺の方位に移動した信長の上洛
信長が京都の本能寺に入ったのは、天正10年5月29日(1582年6月19日)のこと。
本能寺は前年に修理されていました。
信長に同行したのは小姓衆20人~30人のみでした。
安土から本能寺への移動は南西(申)の方位ですから、年盤で見ても、月盤で見ても、またも本命的殺の大凶方位に移動したことになります。
本能寺の変に至るまでの明智光秀
明智光秀は、1528年(大永8年、享禄元年)の生れとされるので、本命星は四緑木星です。
織田信長の月命星と同じ、四緑木星を持っていたので、織田信長に重用されたのでしょう。
ちなみに、同じく信長に見いだされた豊臣秀吉も、本命星が四緑木星です。
明智光秀が、信長から、諸将の居並ぶ前で殴られ蹴られ、頭を手すりに押し付けられたのは、上諏訪の法華寺でのことです。
しばらくの間、信長と行動をともにしていた光秀ですが、天正10年5月26日(1582年6月16日)、近江から丹後亀山の居城へ入城します。
翌27日、京都の西北郊外にあたる愛宕山(愛宕権現)へ参籠し、太郎坊(天狗)の御前で二度三度とくじを引きました。
28日、連歌師・里村紹巴(さとむらじょうは)たちと百韻の連歌を行います。
四緑木星の明智光秀が四緑木星中宮年に起こした本能寺の変
明智光秀の本命星は四緑木星で、本能寺の変を起こした1582年は四緑木星中宮年ですので、光秀の運気は良く、花が開くという年でした。
しかも、月盤も四緑木星中宮月であり、四緑木星にとっては最高に良いタイミングを迎えています。
日盤では、四緑木星は北西にあり、天の助けが得られる実をつけるとき。
一方の信長の七赤金星は、日盤では日破のついた南に位置しています。
そして、年盤も月盤も七赤金星は北東にあり、変化変動のときでした。
つまり、明智光秀が信長に勝利することは、この日の九星盤からも明らかなのです。
本能寺の変のあとの光秀の行動
京都をおさえ、坂本城に天正10年6月4日(1582年6月23日)には戻り、翌5日には安土城に入ります。
6月7日には、誠仁親王が吉田兼和を勅使として安土城の明智光秀のもとに派遣し、京都の治安維持をまかせます。
光秀は、6月8日に安土から京都に向かい、9日に昇殿して朝廷に銀500枚、五山や大徳寺に銀各100枚、勅使の吉田兼見にも銀50枚を贈りました。
その後、中国大返しの秀吉を迎え撃つべく、天正10年6月12日(1582年7月2日)、山崎に出陣しました。
京都方面から山崎は南西(申)の方位です。
強運の持ち主・秀吉に負けた明智光秀
本能寺の変のあとの光秀の移動は、どれも凶の方位に向かったわけではありません。
同じ四緑木星の秀吉は、備中高松城から西(酉)の方位の山崎に向かいます。
四緑木星の年盤で見ると、南西に向かった光秀は一白木星の方位で、むしろ良い方位です。
一方の秀吉は、西の六白金星に行っていますから、方位だけで見ると、むしろ光秀よりも秀吉のほうが分が悪いことになります。
秀吉は、一説によると1537年3月17日生まれ。
本命星:四緑木星
月命星:七赤金星
傾斜宮:二黒土星
秀吉の星めぐりが正しければ、四緑木星中宮年、つまり四緑木星の人が花を咲かせる年の年盤では、七赤金星は変化変動の北東、二黒土星は東の芽が出るときに位置しています。
明智光秀が死んだとされる日の月盤では、四緑木星は実をつける北西、七赤金星は南で陽があたり、二黒土星は運気上昇の東南に位置しています。
同じく日盤では、四緑木星が変化変動の北東、七赤金星が南西の根を張るとき、二黒土星が北西の実をつけるときに当たっています。
■明智光秀が死んだ日の豊臣秀吉の運気
年盤の位置 | 月盤の位置 | 日盤の位置 | ||
本命星 | 四緑木星 | 中宮、花が咲く | 北西、実をつける | 北東、変化変動 |
月命星 | 七赤金星 | 北東、変化変動 | 南、陽があたる | 南西、根を張る |
傾斜宮 | 二黒土星 | 東、芽が出る | 東南、枝葉が繁る | 北西、実をつける |
同じく強運の持ち主であった織田信長が、本能寺の変の前に大凶の方位に移動して衰運を呼び込み、しかも本命星が変化変動の北東にあったことが、自らの命を縮める結果となりました。
秀吉の場合の変化変動は、運気が上昇中の変化変動であるため、天下取りへの道筋が見えてきたことを暗示しているようです。
明智光秀は、秀吉と同じ四緑木星ですが、月命星・傾斜宮の位置が暗剣殺だった可能性があります。
結局のところ、明智光秀は、強運の豊臣秀吉に負けたと言うことでしょうか。
⇒ 二十七宿別 性格と2018年後半の運気(密教宿曜占星術)
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