悲劇の東京五輪マラソン銅メダリスト
こんにちは、生方吉子(うぶかたよしこ)です。
1964年の東京オリンピックのマラソンで銅メダルに輝いた円谷幸吉選手。
「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました」
「幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」
「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」
という遺書を残して、メキシコオリンピックが開催された1968年1月9日に、カミソリで頚動脈を切って自殺しました。
生方は、この円谷幸吉選手の遺書を読むたびに、涙ぐんでしまいます。
円谷幸吉という人は、どんな方だったのでしょう。
円谷幸吉を九星気学で占ってみると?
■円谷幸吉(6-2-9)
円谷幸吉は、1940年5月13日生まれ。
本命星:六白金星
月命星:二黒土星
傾斜宮:九紫火星
円谷幸吉は、傾斜宮の九紫火星から、月命星の二黒土星、本命星の六白金星へとエネルギーが流れる相生の関係です。
マグマのように心の奥底から湧き上がってきた気持ちを、理性的に考え、実行に移すことができる人です。
六白金星は天であり、高貴な人を表しているため、気位の高い理想主義者が多い星です。
二黒土星はまじめで勤勉、万物を育成する資質をもっています。
また、二黒土星は強情で欲も深いところがあるのですが、円谷幸吉の場合、その欲は、六白金星の考える理想を実現させるための努力に変質していたのではないでしょうか。
九紫火星は火であり太陽です。
思いつきも多いのですが、先進性・先見性があり、アイデア豊富なのが九紫火星です。
運気はとても強いのですが、心の奥底から自分を信じているので、強情で頑固になりがちなところがあります。
九星気学で性格や運気を知りたい方は、「九星気学 本命星・月命星・傾斜宮でみる運勢 歴史上の人物と著名人」をお読みになってください。
↓
円谷幸吉の運気を九星気学でみてみると?
■1962年 自衛隊体育学校に入校
1962年は二黒土星中宮年で、六白金星は南にあり、前厄です。
前厄のときは陽の当たるときであり、注目を集めるときです。
円谷幸吉は、東京オリンピックに備えて前年発足した自衛隊体育学校に入学しますが、腰痛のため、特別課程の隊員募集の選考会は欠席しています。
しかし、駅伝チームのコーチ・畠野洋夫の推薦を受けて入校することに。
その後、コーチの指導と治療を経て、10月の日本選手権で、5000m日本歴代2位の記録を出し、日本陸連からオリンピック強化指定選手に選ばれます。
■1963年 20000mで世界記録を更新
1963年は一白水星中宮年で、六白金星は北にあり本厄、そして暗剣殺です。
体調的には万全と言えない運気です。
六白金星の定位には二黒土星が回座し、受身・女性の暗示があります。
円谷幸吉は、8月に20000mで世界記録を更新しますが、2位。
10月には10000mのオリンピック代表選手に選ばれますが、日本陸上競技連盟の強化本部長だった織田幹雄は、マラソンに転向することを勧めます。
■1964年 東京五輪マラソン銅メダル
1964年は九紫火星中宮年で、六白金星は南西にあり、後厄です。
六白金星の定位には一白水星が回座し、困難な状況に陥る暗示があります。
円谷幸吉は、4月12日の毎日マラソンで、君原健二に次ぐ2位となり、マラソンでもオリンピック代表となります。
円谷幸吉は、わずか7ヶ月でオリンピックに出場し、自己ベストの2時間16分22.8秒で3位となります。
■1967年 椎間板ヘルニア手術
1967年は六白金星中宮年で、花が咲くときです。
六白金星の定位には七赤金星が回座し、人間関係の拡大、そして金銭の出入りの増加の暗示があります。
本来なら、絶好調といえる運気なのですが、円谷幸吉は、自衛隊関係者の無理解・無理の強要から、練習が満足にできず、結婚も破談となるなど、精神的にも追い込まれていきます。
無理を重ねたことから、椎間板ヘルニアを発症し、手術することになります。
まじめな性格と、自分が考える理想の姿を追い求めた結果といえそうです。
■1968年1月9日 自殺
1968年1月9日、円谷幸吉は、自衛隊体育学校宿舎の自室で自殺しました。
この日の九星盤をみてみましょう。
年盤は六白金星中宮、日盤も同じく六白金星中宮です。
本来なら、自殺するような運気ではありませんが、気位の高い六白金星生まれの円谷幸吉は、誰にも相談できずに思いつめたと思われます。
なぜなら、精神をあらわす月命星の二黒土星が、年盤・日盤ともに北にあり、本厄なので、精神的にはかなり参っていたと思われます。
そして気になるのは、月盤の六白金星です。
北東にあり、変化変動、つまり「変わりたい」という欲求が高まるときです。
この月盤の六白金星を、年盤の九紫火星と日盤の九紫火星が挟み込んでいます。
九紫火星は、円谷幸吉の本音をあらわす傾斜宮です。
銅メダルを獲得した1964年は、九紫火星中宮年でした。
九紫火星から二黒土星、そして六白金星にエネルギーが流れる円谷幸吉の場合、本音・本能の九紫火星の位置がこそが重要なのかもしれません。
年盤と日盤の九紫火星が北東にあって、心の底から変化を望んでいたと考えると、自殺は考えに考えた末の決断だと思われます。
わずか27年の人生でした。
円谷幸吉を宿曜占星術で占ってみると?
■円谷幸吉【星宿】
宿曜占星術では、円谷幸吉は星宿の生まれです。
星宿は、負けず嫌いで屈服せず、泣き寝入りもしない、反骨精神も旺盛な本命宿です。
星宿さんは、世間の常識やしきたりにはあまりこだわらず、虚飾を嫌い、徹底した自己流を貫く人が多い、徹底した完全主義者。
円谷幸吉は六白金星の理想主義者ですから、星宿の完全主義はさらに強まっていたのではないでしょうか。
また、星宿さんは自分を表現することが苦手なので、時代性もあって、目上の人に対して、自分の意見を言うことはできなかったと思われます。
星宿さんは、精神的な問題から病気になることが多いので、気分転換してリラックスに努めたり、信仰の助けを得たりすることで、自分を解放する必要があります。
円谷幸吉に、良き相談相手がいたら、自殺するまで追い込まれることはなかったでしょう。
星宿さんの性格や運気、相性をもっと知りたい方は「星宿: 宿曜占星術と九星気学・姓名でみる運気」をお読みになってください。
↓
また、27の本命宿それぞれの2020年の運気は、以下のブログをお読みになってください。
もっと読みたい方は 開運ブログへ