飯綱明神信仰の軍神
こんにちは、生方吉子(うぶかたよしこ)です。
上杉謙信は武田信玄とともに語られる戦国武将です。
飯綱明神を深く信仰し、兜にしていました。
飯綱明神(飯縄権現)とは、長野県飯縄山(飯綱山)に対する山岳信仰であり、「飯縄法」という管狐を使った呪術で知られています。
上杉謙信について調べてみました。
上杉謙信を九星気学でみると?
■上杉謙信(2-2-6)
上杉謙信は、1530年2月18日生まれ。
本命星:二黒土星
月命星:二黒土星
傾斜宮:六白金星
上杉謙信は、本命星と月命星が二黒土星ですから、行動と気持ちが一致しています。
理想主義者でこだわりの六白金星を、まじめに努力する二黒土星が後押ししているかのような星回りです。
二黒土星は畑の土であり、植物を育てるように人も育てます。
表面的には温和であり、人のために奉仕する資質を持っていますが、利益のためには苦労を惜しまないという欲深の一面ももっています。
しかし、全般的に受け身であり、自分が先頭に立つよりも、サポート役・ナンバー2で成功しやすい傾向があります。
六白金星は理想主義者であり、気位が高く、負けず嫌いです。
独立心と上昇志向が強いく、人を犠牲にしても高位に達しようとするところがあります。
六白金星に対して、本命星と月命星の二黒土星がエネルギーを与える相生の関係なので、本音の部分では、自分に納得している、つまり思い込みも激しいと言えそうです。
九星気学で性格や運気を知りたい方は、「九星気学 本命星・月命星・傾斜宮でみる運勢 歴史上の人物と著名人」をお読みになってください。
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⇒ 【二黒土星】最も運気が強いのは?本命星・月命星・傾斜宮の組合せは?
上杉謙信の運気を九星気学でみると?
■1548年 家督を相続
1548年は二黒土星中宮年で、花が咲くときです。
二黒土星の定位には八白土星が回座し、変化変動の暗示があります。
上杉謙信は、上杉晴景の養子となり、家督を相続、守護代となります。
■1553年 第一次川中島の戦い
1553年は六白金星中宮年で、二黒土星は北にあり、本厄です。
二黒土星の定位には三碧木星が回座し、開拓・奮起の暗示があり、歳破がついています。
上杉謙信は、第一次川中島の戦いで、武田軍を破ります。
また、初めての上洛を果たし、後奈良天皇および将軍・足利義輝に拝謁します。
■1559年 管領並
1559年は九紫火星中宮年で、二黒土星は西にあり、収穫のときです。
二黒土星の定位には六白金星が回座し、目上のサポートがある暗示があります。
上杉謙信は、上洛して正親町天皇や将軍・足利義輝に拝謁すると、義輝から管領並の待遇を与えられます。
■1561年 小田原城の戦い
1561年は七赤金星中宮年で、二黒土星は南にあり前厄です。
前厄のときは陽の当たるときであり、良くも悪くも注目されるときです。
二黒土星の定位には四緑木星が回座し、知名度アップの暗示があります。
上杉謙信は、小田原城を包囲し、北条氏を追い込みますが、落城には至らず、塀を引きます。
また、山内上杉家の家督と関東管領職を相続します。
さらに、第四次川中島の戦いでは、武田軍に大打撃を与えます。
■1566年 臼井城の戦い
1556年は二黒土星中宮年で、花が咲くときです。
二黒土星の定位には八白土星が回座し、変化変動の暗示があり、歳破がついています。
上杉謙信は、臼井城の戦いにおいて、退却することとなります。
■1570年 不識庵謙信
1570年は七赤金星中宮年で、二黒土星は南にあり前厄で、歳破がついています。
前厄のときは陽の当たるときであり、良くも悪くも注目されるときです。
二黒土星の定位には四緑木星が回座し、知名度アップの暗示があります。
上杉謙信は、北条三郎を養子として迎えて景虎の名を与えます。
また、法号「不識庵謙信」を称するようになります。
■1576年 本願寺と講和
1576年は一白水星中宮年で、二黒土星は北西にあり、実をつけるときです。
二黒土星の定位には七赤金星が回座し、人間関係の拡大と喜びごとの暗示があります。
上杉謙信は、長年悩まされていた一向一揆の指導者・石山本願寺の顕如と和睦交渉を行ない、信長包囲網が築かれます。
■1578年4月19日 死去
1578年4月19日、上杉謙信は、春日山城内の厠で倒れて昏睡状態に陥り、その後意識が回復しないまま亡くなります。
享年49。
脳溢血で亡くなったと推測されています。
この日の九星盤をみてみましょう。
年盤では、二黒土星は北東にあり変化変動、暗剣殺、五黄殺、そして定位対冲です。
定位対冲のときは、運命の歯車が大きく動くときです。
二黒土星にとっては、最悪の運気のときといえます。
月盤では、二黒土星は西にあり成果・結果のときです。
年盤の二黒土星には、月盤の三碧木星が回座していますから、脳出血を発症しやすかったようです。
日盤の二黒土星は東に出て、月盤の二黒土星と対冲。
さらに、月盤の二黒土星には、日盤の六白金星が回座しているため、天の暗示があります。
天の暗示があるとき、命を落とすことが少なくないので、このとき、上杉謙信は寿命が尽きたのかもしれません。
上杉謙信を宿曜占星術でみると?
■上杉謙信【心宿】
宿曜占星術では、上杉謙信は心宿の生まれです。
心宿は、目上にも年下からもウケが良く、慕われ愛される本命宿です。
しかし、心宿さんは、純粋な精神と深い洞察力をもっているためか、他人には話せない悩みや孤独は、根深いものがあります。
心宿さんは、たいていの仕事はそつなくこなしてしまうため、ついついあれこれと欲張ってしまいます。
また、多芸多才で知略にたけ、主君に取り入り、虚をついてお家を乗っ取るようなところもあり、まさに上杉謙信そのものといえるかもしれません。
心宿さんの性格や運気、相性をもっと知りたい方は「心宿: 宿曜占星術と九星気学・姓名でみる運気」をお読みになってください。
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